文亮上山〜能登總持寺祖院へ

二番弟子文亮が3月6日仏道修行の旅に出発いたしました。ここにその模様をUP報告します。
梅早春を開く、弥生三月うららかな日です。文亮上座出発前日の当山です 当山のご開山様前にて決意新たに心引き締めます。 礼拝、三拝をもってご本尊に挨拶です。
ご開山様にお香を焚き 身支度もなんとか済ませましたが 後付けこおりがないので振り分け荷になってないため袈裟文庫等だいぶ下がってしまっています さぁ、出発しますか!ここまでが3月4日の模様です。
3月5日朝5時出発京葉道路、首都高速、関越、上信越、北陸、能登有料を乗り継いでの大ドライブです。本山安居ではベテラン古参となった一番弟子大晋も随行してくれました。片道700キロメートルにも及ぶ行程の大半を運転しまた弟をリラックスさせようと気をつかった会話をしているようでした。謝謝    
雪で大変だろうとスタッドレスタイヤに換え雪対策万全だったのに北陸には全く雪は無く肩透かしでした。 途中、越後の妙高山、黒姫山あたりだけが唯一真っ白い姿をみせておりました 四時ごろ門前町に到着.旅館に行く前に總持寺に参拝、雨に霞んだ太祖堂です 僧堂前に淡いピンクの梅が雨に打たれ寂しげに咲いているのが印象的です。
香積台という建物、一般寺院における庫裏です。ここで入門を冀います。 総持寺祖院 1321(元亨元年)瑩山紹瑾によって開創された。越前・永平寺と並ぶ曹洞宗の大本山であったが1898年(明治31年)の大火の後、本山は横浜市鶴見 に移され、能登の総持寺は祖院となった。
僧堂、坐禅堂ともいいます。雲水生活の中心建物で聖域です。一般者は中には入れません。 ご開山瑩山禅師のおわします祖霊堂です。
旅館に入りました。しばらくはこのようなご馳走とは無縁となります。今日は心置きなく親子兄弟にて美食を楽しみます。が昼飯との間隔がなかった為かはたまた明日の緊張からか三人とも食がすすまず。 朝です。小さな小さな旅館でしたがこの三人で貸切状態、なんと表現してよいやら従業員たった一人のおばあちゃん女将に接待されていざ上山準備の安下所に向かいます
總持寺塔頭「芳春院」は前田利家公夫人おまつの方様菩提所です。この由緒ある芳春院が安下所となっています。              
早速本山から上山指導の為、係りの僧が来てくれました。まずは所持品確認します。現金などすべて100日間は預かりとなります。ここで上山身支度を整え簡単な言葉を覚えます。

すべての仕度が整い一人の雲水さんができあがりました。 さぁ古参和尚さんに連れられて出発し山門前です。ここで修行にはいる最終決意を確かめられ香積台へと向かいます。 白字橋を渡って山門前より香積台に向かいます。 版三下して【新到よろしゅう】と案内を請います。
一時間くらいは誰も出てきてはくれません。只ひたすらに大声で免掛搭をねがいます。ここから修行が始まりました。随行した大晋と私もこの先からは踏み込むことは許されません。 こうして二番弟子(明珠文亮)大本山總持寺祖院での仏道修行が始まりました。