九州旅行   12月11日〜13日

九州に行ってきました
4年間の宗務所仕事も恙無く終了し次の宗務所への引継ぎ作業も完了。
あとは旧職員にて慰労あるのみです。そんなわけで2泊3日の九州に旅してきました。


まずは鹿児島空港からバスにて桜島観光です。
フェリーで行く南国櫻島 城山から望む鹿児島市街と桜島
大正年間の大爆発によりここは沖合い500メートルにあった烏島が呑み込まれ埋没したところだそうです。 またこの時の大爆発では対岸の大隈半島と陸続きになったとか
開聞岳は、整った山頂となだらかな稜線が見事です。周辺に山がないためほとんどの地域からその雄姿を眺めることができるそうだ。 手前の池田湖とのコントラストもすばらしく薩摩富士と呼ばれています。
大うなぎもいました。
続いて訪れた知覧町に至る街道

鹿児島県・知覧は太平洋戦争末期、陸軍の特攻基地がおかれた土地として全国的に有名である
特攻平和祈念会館。入り口右横、飛行機の格好した植え込みがあった この平和会館には、特攻隊委員の遺品や記録などの関係資料がたくさん展示してある。
館内は写真撮影禁止であったがこっそりこの2枚の撮影に成功(すみません)海底に沈んでいたゼロ戦をひきあげて展示してあった。 こちらは色鮮やかで復元した戦闘機の模様
三角兵舎、特攻隊員の宿舎 館内には特攻隊員が家族、恋人等にあてた手紙遺書が多数公開してあり、詠むほどに涙がにじみ最後まで全部はとても読みきれなかった。
平和会館のすぐ隣りに、当時の模様を復元した三角兵舎があり、内部も見学できるようになっていた。この三角兵舎は、当時、知覧飛行場周辺の松林の中に散在していた。半地下式の木造のバラック建てで、屋根の上に大きな木が横倒しになり擬装されていた。屋根だけを下に置いたような形で建てられていたので、三角兵舎と呼ばれていた。内部は、中央の通路を挟んで両側が一段高くなっており、そこが畳敷きになっている。風通しが悪く、いつもじめじめしていたということである
平和の鐘、
平和祈念会館の周りにはこの他にも、特攻勇士の像「とこしえに」や母の像「やすらかに」が建てられている。
富屋食堂は特攻の母として慕われた「鳥浜トメ」の食堂でした。鳥浜トメの生涯と特攻隊員とのふれあいの遺品・写真をおりまぜ資料館として復元してありました。
知覧はまた古い武家屋敷が残る歴史の街でもあり、昔の風情がそこかしこにのこっていました
最終日は熊本から阿蘇方面にむかいましたが阿蘇では一面霧、靄の中で何にも観光資源に触れることなく終わってしまいましたが、指宿の砂むし温泉、イッシーの池田湖等、南九州は中々に魅力に富んだ所でした。。
阿蘇山中の食事処「田楽の里」
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